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コーチングコラム

コーチへのヒント「知覚のマジック」

第4回 無意識に学ばせる

 先日、お客様がお帰りになる際、我が家の階段の踊り場に備え付けられた高さ4メートル弱の書棚を玄関フロアから見上げて、リップサービスでしょうが「まさに知の宝庫ですね」とおっしゃいました。私は「リフォームが終わったばかりでなかなか片付きません」とミスマッチな返答をしながら、「一度も開いてない本も結構あるなあ」と心のおしゃべりをしていました。

 その雑然とした書棚を眺めると、20世紀の「知の巨人」と形容されるグレゴリー・ベイトソンの数冊の本が目に入り、『精神と自然』を手に取りました。難解な書物であり、かつて最後まで読むことなく閉じた本ではないかと思います。たまたま開いたところに、認識論や「メタ」の概念に関する記述があり、そこには私自身が1983年頃に付けたであろう付箋が残っていました。そこにあるいくつかのキーワードを目にして、あらためて「コミュニケーション論」などの分野にベイトソンの研究が大きな貢献を果たしていることに驚きました。

 私はNLP(神経言語プログラミング)やコーチングを教えて、すでに10年以上経ちますが、これらの分野では「メタ」は当たり前の概念であり、「メタ認知」は必須のスキルです。私も当たり前のように活用しています。ベイトソンを初めて読んだ頃には、その言葉の定義すら理解したのかどうかも定かではなかった重要な概念をいつの間にか普通に活用しているのです。「少しは利口になったみたいだな」と心のおしゃべりが続きました。階段の踊り場に立ったまま、しばらく読み進めてみると、相変わらず難解ではありますが、「体験的に少しは分かってきている(・・・気がする?)」自分がいました。

 最近、『奇跡の脳』(ジル・ボルト・テイラー著、竹内薫 訳、新潮社)を読みました。脳卒中を起こした著者が8年かけて再生していくプロセスが語られています。私たちにとって幸運なのは著者が有能な脳科学者であり、脳卒中が起きた時からの体験を専門家としての見識を持って振り返っていることです。体験した人でなければ表現できない言葉があふれています。その事例として、「目の後ろのズキズキする痛みは鋭くて、ちょうどかき氷を食べたときにキーンとくる、あの感じ」(P.22)は自分で脳卒中を起こしたことのない脳神経科医師には言えない表現でしょう。「出血中の血液が左脳の正常な機能を妨げたので、知覚は分類されず、細かいことにこだわることもなくなりました。左脳がこれまで支配していた神経線維の機能が停止したので、右脳は左脳の支配から解放されています。知覚は自由になり、意識は、右脳の静けさを表現できるように変わっていきました」(P.40)とか、「まぶたの内側では白い稲光の嵐が荒れ狂い、頭では雷に打たれたかのような堪えがたい痛みが脈動しています。(中略)空気を吸うだけで肋骨が痛いのです。目を通して入ってくる光が炎のように脳を焼きます」(P.67)というような当事者の立場からの表現は治療者がどのように脳卒中患者に関わればよいのかのヒントになるでしょう。これらの言葉ですが、脳卒中の渦中では言語中枢が機能していなかったので、奇跡的な回復の後で、自分の生々しい体験を一歩離れた「メタ」の立場から振り返って言葉で表現したのです。

 「わたしのこれまでの人生は、人間の脳が現実に対する知覚をつくり出す仕組みを理解することに費やされてきました。でも今、目を瞠るような新しい発見につながる一撃(脳卒中)を体験してる!」(P.33)というフレーズには原書の本来のタイトルである My Stroke of Insight の深い意味が表現されています。Strokeは「打つこと」や「脳卒中」などの意味が含まれています。著者は「脳卒中を通して新たな洞察の一撃を食らった」体験をタイトルに込めています。このような「きわめて巧みであいまいな表現」をタイトルにする才能豊かな著者だからこそ、死の淵からの帰還という類まれな実体験の振り返りを分かりやすい文章に表すことが出来たのでしょう。

 実際に体験した人が、その体験を振り返ったときに知覚する発見や気づきに言葉を与えるとき、それらの言葉は抵抗しがたいパワーを発します。体験と結びついた生々しい知識が語られるのです。それと反対に、「他の人が体系化した情報」を手に入れただけで、分かっている気になり、自分もできるという勘違いをしてしまうこともあります。実体験が伴わない知識はただの情報です。知識とは身体化されたもの、つまり実行できるものを言います。「下手な鉄砲も数撃てば当たる」ではありませんが、実際に経験を重ね、何度も振り返り、内省を繰り返し、自分の実体験から洞察を得るというプロセスを通して、「コツがわかった!」に至るのです。ありがたいことに、その間、私たちの無意識は学習を深め続けています。

 新しい気づき、発見や洞察は「実際に体験した後で振り返る」ことを繰り返すというプロセスの中で起きます。情報だけで頭でっかちになるよりも、「今はまだ分からない・・・」と思える学習の世界に、怖れを抱いたまま踏み出しましょう。身体化された知識として、自分自身の実体験とつながった生々しい言葉で語れるときが来るまで、しばらく無意識に学びつづけてもらいましょう。

2009年10月20日


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